| mp3について | ||
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mp3の歴史について
1970年代初頭
ドイツのエルランゲン-ニュルンベルク大学のディター・ザイター(Dieter Seitzer)教授は、電話回線を通じて音楽を圧縮電送するという課題に取り組み始めます。開始した当初は、研究資金の提供を拒否されたため、教授は音声符号化の研究に興味がある技術者と科学者たちと組んで、研究チームを設立しました。
1979
ザイター教授のチームは、音声圧縮の最初のデジタル信号プロセッサを開発します。その後の継続開発期間中に、ザイター教授の教え子であるカールハインツ・ブランデンブルグ(Karlheinz Brandenburg)は、音響心理学でも解説されている、人間の聴力特性を活用した、知覚的な音声符号化の基本的な原則を開発し発展させました。ザイター教授の指導のもと、ブランデンブルグと研究チームは、引き続いていくつかの符号化アルゴリズムを開発しました。
1987
1987年には、デジタル・オーディオ放送(DAB)開始のための欧州連合の資金によるEUREKAプロジェクト、EU147の一環として、エルランゲン-ニュルンベルク大学とフラウンホーファー研究所の間で研究同盟が結ばれます。これによりフラウンホーファーのハインツ・ゲルハウザー教授の指導によるこの共同の研究プロジェクトは、さらなるステップへと進化していきます。LC-ATC(Low Complexity Adaptive Transform Coding)と呼ばれるアルゴリズムを研究の基礎として、合弁事業は複数のデジタル信号プロセッサ(DSP)を使って機能するリアル・タイム・コーデックを構築し始めました。複数のDSPモジュールといくつかの音声およびデータ I/O インターフェース・カードに基づいたハードウェア・システムは、ハラルド・ポップ(Harald Popp)とエルンスト・エバーレイン(Ernst Eberlein)を含めた科学者たちによって、ゼロから開発されました。現在にいたるまで、このLC-ATCはミニ・コンピュータ上の唯一のシミュレーションとして存在しています。長いテスト時間の必要もなく、非常に限られた量の音声材料(2〜3つの音声抜粋)だけでテストすることができます。リアル・タイムのコーデックはLC-ATCのテストを現実的なものにし、アルゴリズムの計算時間をさらに短縮しました。
1989
ブランデンブルグはOCF(Optimum Coding in Frequency Domain =周波数領域における最適符号化)アルゴリズムをテーマに彼の博士課程論文を完成させます。この論文は、フラウンホーファーによって「高周波の分解、不均一性の量子化、ハフマンコーディングと情報構造を含む最終的なmp3コーダーの特徴の多くを示している」と解説されました。「OCFコーダーは当時研究に飛躍的進歩をもたらすものとして捉えられていた。そしてまさに、このOCFコーダーこそ、mp3の前身であった。」とフランホーファーは述べています。OCFは人間の聴力領域の上下にある音をスキャンし、除去するもので、OCFのためのリアルタイム・システムのソフトウェアは、主にゲルハウザー(Gerhaeuser)のリードの下に、ベルンハルト・グリル(Bernhard Grill)によって開発されました。
1991
フラウンホーファー・チームは、ハノーバー大学、AT&T、トムソンとの合同研究チームを組織し、OCFを改善したアルゴリズムであるASPEC(Adaptive Spectral Perceptual Entropy Coding)と呼ばれる強力な新しい音声コーデックを開発しました。このASPECは、1988年に始まったMPEG音声標準の進化形として提案されました。
MPEG(The Moving Picture Experts Group=動画・音声全般をデジタル・データとして扱うための規格化を行うワーキング・グループ)は全体で14の提案を受け入れ、研究者たちがそれぞれの研究成果を統合させていくことを奨励しました。そして、最終的な提案では、ASPECとMUSICAMを含んだ4つにまとめられました。厳密なテストの結果、MPEGはMUSICAMとASPECによる3つのコーディング・スキームの体系化を奨励します。Layer1はMUSICAMの低調でかつ複雑な変形であり、Layer2はMUSICAMの最適化されたバージョンでした。そして、Layer3は主にASPECに基づくものでした。
その精度の高さにより、DABはLayer IIをデジタル・オーディオ放送用の音声フォーマットとして選びました。とはいえ、フラウンホーファーによるASPECは、より高い集合体であり、もっとも高いコーディング効率により、ISDN電話回線を通しての高品質オーディオを実現する鍵となりました。その証に、フラウンホーファーはいくつかのラジオ局のようなプロのユーザーに、少数のASPECスタジオ装置(19のラック)を製造・販売し、放送スタジオからISDNによって確実に音楽を送信する最初のアプリケーションとして用いられました。
ASPECからmp3(MPEG-1、Layer3)コーデックへの進化は、他の研究であるMPEG-1音声コーダー(例えばMPEG-1、Layer2のポリフェーズ・フィルターバンク)とジョイント・ステレオ・コーディングのバージョン追加によりいくつかの技術的調和を生み出しました。それは、単一の信号によってコーダーを機能させるだけではなく、より能率的にステレオ素材を取り扱うものでした。このmp3技術は、ジュエルゲン・エール(Juergen Herre)によって開発されました。
1992
MPEGとISO(International Organization of Standardization=国際標準化機構)は、ビデオCD(CD-I)に用いられるMPEG-1と呼ばれている最初の圧縮の標準化を命じます。そして3つのコーデック・フォーマット(レイヤー-1、-2、-3)の一般的な体系化が規定されました。なかでもLayer3はより効率的なコーデックであり、音楽を当時のPC環境(小容量なハードディスク、低速な28.8kbpsの通信速度)においても、インターネットを通じて音楽ファイルを移す画期的な方法として、世の中に定着していきました。
1995
mp3は、その名称を確立します。フラウンホーファーの研究者たちによるアンケートで、MPEG Layer3のためのファイル名拡張子として、満場一致で「.mp3」決定したのです。MPEG Layer-3は、衛星デジタル・オーディオ放送システムのための音声フォーマットとしても選ばれました。
1998
mp3によるポータビリティの時代は、米国Diamond Multimedia社によるRioと、韓国のSaehan Information Systems社のMPMANへの導入からスタートします。これらの端末は、フラッシュ・メモリを使ったmp3の楽曲データの保存と再生用として初めてのヘッドホン・ステレオでした。mp3の楽曲データはインターネットからダウンロードするか、音楽CDから簡単に取り出すことができました。以降、mp3ポータブル機器の人気により数多くの企業がポータブルmp3プレーヤーを開発、提供します。PC再生用、およびポータブル・プレイヤー再生用の次なる音声コーデック開発にも至りました。
2000
アメリカのメーカーが、ハード・ディスクを内蔵した最初のヘッドホン・ステレオとmp3コード化した5インチのCDを再生する最初のヘッドホン・ステレオを市場に出します。これをきっかけに、mp3は文化的な現象へと進化し、mp3の再生機能を持つ、何億ものコンピュータや家電機器が販売されました。
何千もの歌を小型の携帯用プレーヤーに保存する機能は、アルバム、アーティスト、タイトル、ジャンルによって楽曲を検索したり、再生リストを自動的につくりあげることもできます。まさに、音楽に対する何百万人もの愛情を再び呼び覚ますものでした。長い間、聞かなかった歌を聞くために、CDを探し出す必要はもはやありません。全ての音楽コレクションは、プレーヤーのボタンひとつで聞くことができます。飛行機で、電車で、あなたの車で、浜辺で、家で。どこにあなたがいようとも、安価で手にはいる、40GBのmp3プレーヤーで16,000曲のCD品質の楽曲を持ち歩き、いつでも聞くことができるのです。
mp3は、もはや単なるテクノロジーではありません。それは、ミュージシャンと音楽を愛する人々、DJとリスナー、そしてクリエイターとオーディエンスを結びつけるという、センセーショナルな進化を遂げたのです。
このサイトは、http://mp3licensing.com/の日本語版です。
運営:トムソン技術研究所( http://www.thomson-ipl.jp/ )

